昭和52年12月01日 月例祭
いよいよ本年も、この一月になりました。皆さんが今日は決ったように、今年もどうぞ無事に有難い締めくくりが出来ます月でありますようにと言う意味のお届けをなさいます。こらまあ誰しもそれを、まあ願うわけでございます。それが心の中にやっぱし、いっぱいあるのですから、自然そういうお願いになるわけです。なかに幾人かの方が、いよいよ報徳祭の月に入りました。
どうぞ有難い報徳祭が頂けます様に、またご本部の報徳祭にも、お引き寄せを頂けれる段取りが出来ますように、というお届けをなさった方がありました。皆さんどちらが本当と思うですか。どちらがおかげを頂くと思いますか。二代金光様四神様が、ある方が自分の子供と、人の子供が二人一緒にこけたらね。どちらを先に起こさせて頂いたがおかげでしょうかとお伺いをした。で四神様がおっしゃるのに、「人の子を起こす気になれば、お前の子は神が起こしてやるわい」と仰ったそうです。
自分の子供と他所の子供と二人が転んだら、どっちを先に起こすのが本当でしょうかと。どちらが信心でしょうかとお尋ねした訳です。四神様はね。「人の子を起こす気になればお前の子は神が起こしてやるわい」と、その神様から起こしてもらうと言う事が素晴らしいのです。それが有難いのです。だから信心が段々進んで参りますと自分の心の中には何時もね。人が助かることのために心のなかはいっぱいであり、又は教会のいわゆる合楽教会大発展の御神願が成就いたしますことが心の中に一杯である。
そういう信心にならせて頂いたらね。お前んところの家のいや今年の締めくくりはもう大丈夫だと、神様が言うて下さるような気が致しますですね。どうぞ今年がいわゆる有難い年であるように、締めくくりが出来るようにこれは人情です。誰しもがそれを願わないものはありません。けれども自分の子よりも、先ず人の子に先に手が出る心は、もう心情の走りです。もう三十年も前ですけれども、昨日研修のときたまたまその話が出たんです。この頃合楽便りに回顧シリーズというのが出ております。
昔の思い出の話なんです。ですから何時もの会合のときに、それが出るんです。昨日椛目の妹が昔の話をしておりました。なかに私も一緒にほんにあんな事もあった、こんな事もあったと言うてお話をしておる中へ、私があの当時は私と久保山先生と、そすと若先生がまあだ十三、四歳で、ぐらいですから学校から帰ってきてから奉仕をする。殆ど私がずっと御用さしてもらう。合間を、久保山先生が奉仕をされるという時代。ここへ朝から晩まで夕方四時ごろまで座ります。
勿論お昼間抜きにして座るんです。もう足が痛うしてきつうなってくる時がある。有難いときばっかりはない。もうそれこそ暑うて、暑うてもう背中からだらだら、それこそもう、あの座布団も背中もじっくり成る様な事がある。けれども前からは有難涙がこぼれるような時代だった。それこそ熱いような汗を最中に感じながら、有難うして有難うしてたまらんと言う事もあるんですけれども、やはりそこは生身ですからね。若先生なんか一時間座るともう、あちらのご結界の机がそうでしたがね。
もうあのご結界の真ん中に鉛筆で、こう芯をこうこやって立てとるんです。その代わりに来んから歯がゆいとでしょうね。たまにはもう泣きよりますもん。ご結界に1時間座ってから何がそげん悲しいかと。「いや立とうごたるけんじゃなか」ち。「小便まり行こうごたると」ち、言うて泣きよりました。丁度その時間に紙芝居が来よりましたもん。それでもう心は紙芝居のほうへ行っとるとに、その代わりが来んもんですから腹が立つ。それでもう鉛筆でもう芯をこうやって、もうもやもやしよるとこでしょう。
だからあの傷は大事に大事にとっとる。今でもいっぱいここに鉛筆で芯を立てた跡がございます。なら大人の私ですらやっぱそういう時がございますからね。ちょうどまあ椛目に、いっとります娘それからあちらの娘であります、池尻の靖子と愛子がちょうど、双子のようにして、私共んとは顔がもう赤松を割ったように赤い顔でした。今でも赤いですけれども、昔も子供のときからそうじゃった。
そしてこう靖子というのはそれこそ、青味を感じるごたる白か。だから赤白ちゃん赤白ちゃんと、私が二人を呼ぶときに言いよりました。そしたら赤白ちゃんがそこにやってくるんです。あるとき二人が幼稚園から帰ってまいりました。雨の中を帰ってきたんです。それであのここへ今日は幼稚園で何ば習うたち。ほんならそこであのひとつ歌いさいと言うてね、そこで二人が立って歌うんです。「雨が降ります雨が降る。遊びに行きたし傘はなし。紅緒のがっこの緒が切れた」ち言うような歌を歌うんです。
もう私はここでもう泣き出そうごつなるのです。こっちが立とうごつして応えんのですから遊びに行きたい、外にも出てみたい。そういう時でした。あるときに私がそれは大変雨の日でしたけども、その門外不出ですから出らないことをたれとるんです。ですからけども何かこうお湿りが、ジャージャー降っとる中でそのこう濡れてね、濡れしぼたれになって歩きたいごたる気がするんです。で神様にお願いさせて頂いて、直ぐ表が小川が、もう路に上がらんばっかりに、その濁流ですもん川に流れておるんです。
だからほんなでてから直ぐの所ですから、傘をさしてからお許しを頂いて、そこまで出たわけです。そして石垣の上に立ったつと、石垣が崩れたつとが一緒で、もうそのまま私は、その小さい小川ですけれども、濁流の中に入ってしもうてじっくり。お前が濡れたいと言いよったから、神様がぬらしてやったと仰る。もうそれ以来私は外へ出るようなことを思うた事も願うた事もなかった。
そういう時代の話が昨日夕べ、たまたま出たんですけれども、そのちょうど靖子と愛子と言うのが、まあだちょうど今の私のほうの、光昭の子供の泰子ぐらいだったでしょうか。ようやく「お父ちゃま父ちゃま」とこう言えるくらいです。ご本部から帰ってまいりましたら、ちょうど二人が一緒に並んで、「父ちゃま」と言うてやってきたんです。そん時後からちょっと迷ったんです。
どっちを先に抱こうかと思って。そして私の心の中にやはり自分の子に、先に手が出るのですけれども、ここが信心だなと思うて、あの靖子の方を抱かしてもらう。だからそこにバランスが取れると言うことになるのです。他人の子供と自分の子供が一緒にこけた。どちらを先に起こすのが本当か、信心かとお尋ねしたときに四神様がね。「人の子を先に起こす気になれば、お前の子は神が起こしてやるわい」と仰せられる。その神様に起こしてもらうと言う事。
その事がです神を実感することであり、おかげをいうならば十有り難いものを、百も千も有り難いと言う事になるのですから、その有り難いという心が、また次のおかげを呼ぶ事になるのです。「真に有難いと思う心、直ぐにみかげの初め」と仰られるのですから。ですから話を聞いたからそうしようと言うのじゃなくて。人の子を先に起こす気になるとと言う事なんです。自分のこと妹の事が私のほんなら、姪と娘が二人、「父ちゃま」と私がご本部から帰ってきたところへ、二人走しり出てきた。
さあどっちを抱こうかと思ったときに、とっさに迷うこと無しに姪のほうをこう抱かせて貰うた。いわば姪のほうを先に抱かせてもらう気になると言う事なんです。ほんなら実際実感としては、やはり娘のほうへ手が出ろうごとあるけれども。そういう気になると神様がお前のほうはとこういうのです。いよいよ今月も報徳祭の月になりました。十二月十六日はいうならば、合楽の冬の御大祭。
合楽教会合楽教会、合楽教会の大発展、言うならそういう御神願が成就するようにという願いを、皆さんが繰り返しなさっておられることだと思うんです。その願いの実感というものがです。ここの中にある限り、私は十二月に入ったなら、報徳祭の事を、先ずは願わねばおられんのが本当ではなかろうかという風に思うが、どうでしょう。いやそういう風に思えれるようになるときに、もう今月の締めくくりは大丈夫だというふうに神様がね。起こして下さるという働きがおかげになるのです。
思いもかけないいうならば、おかげになってくるのです。今日福岡の伊藤さんという方が、もう随分長い信心ですけども、最近いうならばその信心の目が開けた。あのこが開けたというか、もう見違えるような信心になっていかれるのに、有難いなあこれはもう先生、がたがた言うてから、先生が育った信者なんかって、大したことはない。もうここの子はみんな神様がお育て下さるんだなあという実感がするんです。あげんとが物になるじゃろかと。御道の教師になりたいという。
こげんとが学院に行って大丈夫じゃろうかと言うのがありますよ。ところがどっこい学院では評判の悪かばってん、帰ってくるとめきめきこう、その売り出してくるというですかねえ。もうまるまる先生なんかの最近の信心はもう、本当に見上げたものだと、信者が言うくらいに信心が進んでいく。だから人間の考えと神様の思いというものはもう、本当に、天と地ほどに違うです。ですから私共が神様の願いを、何時も先にとらせて頂く信心にならなければならないと言う事です。
今日も実は何かもの恥ずかしい思いがしておりましたけれども、私の周囲を眺めてみますと、十人余りはどうでもお導きをして、おかげを頂いてもらいたい。貰わねばならんという人があります。前々から心の中では願いよったけれども。お取次ぎを頂いて親先生にお願いをするのが、今日が初めてですが。信心も出来んのに自分のことも出来んのに、人のこっ段じゃないというごたるですけれども、やはり願わずにはおられんから、よろしゅうお願いします。
今度のお届けからこの事もお取次ぎを願わしてもらいたいと思うから、よろしゅうと言うて、お届けがありました。そしたらね小さい田という字を小さい田から、大きく頂く田を頂いたです。田んぼにまあ一反から十俵のお米が取れると致しましょうか。五反作りゃだから五十俵取れるわけですね。一町作りゃ百俵のお米が取れるのです。小さい心で大きなおかげを願ったって出来るこっじゃ無か。
それがです自分自分一家と言った様な事ではなくて、自分の周辺の難儀な人達のことを思うたら、じっとはしておられん。それにはやはりお金もかかる。お初穂せんならん。それを思いを込めて、その願いが出来るときに、小さい田が大きな田に頂いたと言う事は、おかげの受けものというのは、そのようにして大きくなって行くんだと言う事です。お互いが百俵のおかげを頂きたいなら、やはり一町の田んぼを頂かなきゃならん。ならそれに値するだけの心が豊かにならなきゃならん。
そこで豊かになってくれよ大きくなってくれよという働きが、何時もあっておるんだけれどもその働きを、向こうへ押し返す様な事をする。何故そういう押し返す様な事になるだろうか。お話しを頂きよるけん分かる。成り行きを大事にせんならん事は分かるけれども、こればっかりはというて、こうやって摘まみ出すような事をする。これだけは堪忍な出来ん。いやここは一言いわにゃというてこう気張ってくるのです。そこを黙って治める。そこを合掌して受けてこそ初めて豊かな心も、大きな心も頂けれるんです。
そして大きなおかげをあっと言うてねがっとるんです。これではいうならば。道理が合わんのです。そこでです私共の信心が、どういう信心どういう願いの信心にたったらよいかと。最近はもう口を開けば願いの信心と言われます。もう願いの信心と言うのが、もう、金光教の最高の信心だと。それは親と分かり親神様と分からせていただくから、縋らずにはおられんという願いである。もう本当にもうお願いのあるときばっかり参ってきて済みませんというのとは違う。
もう絶えず願わずにはおられないという心。それは乳飲み子が、ちょっとでもお腹がすいたら、お母さんの膝に直ぐ這い上がっていくようなものじゃ。私共は願いをいつも沢山持っておる。願いがあるなら親神様の膝に、やはり這い登っていって乳を求める、いうならば赤子のような心の状態で願わせて頂くという願いは、もう最高なんだ。親も助かり子も立ち行くというのはそう言う事なんだ。親は乳を張らして痛がっておる。それを飲んでもくれん。ただお礼言うときゃ良かお詫びしときゃ良か。
と言った様な事を私も言うておった時代もあったけども、これはいかにも他人行儀のようにある。先ず願うこと勿論その中にはお礼もありましょう、お詫びもありましょうけれども、願う信心が出来る。だから出来んけれども神様が庇うて下さる。親と子のもう名乗りが挙がったようなものである。いわゆる乳を飲んでくれるんだと。捕まえちからでも飲ませようごたる。もう乳が張るわいである。痛い思いをする。しまいには絞り出さなんごつなる。それを私共がですね。
這い上がっていってすわせてもらう、頂かせてもらうという時に、親も喜び氏子も喜ぶと言う事になってくる。だからもう願いの信心と言う事は、最高なんです。願いの心とは何か卑しい信心のように言う人もあります。けども願いのね本質と、本質的なところが分かってからの願いでなからにゃならん。親だから親神様だからと言う事なんです。そこをいよいよ分からせていただく。
そすとだんだん親の思いが分かってくるようになる。親の思いが分かってくるから親の思いにそう生活も、また出来るわけであります。親の思いが分からんから、親が背中が痒いかち言いよるとに、ここどん掻きよるから、「ああそこじゃなか」と言うごたる事になってくるわけです。親の思いが分かってくる信心。今朝の御理解を頂くとね。いわゆる金光教の神観と言うか。「神に会いたいと思えば庭の口に出てみよ。空が神下が神。」とこう仰せられる。
だからそれをなるほどと思うて、はあなるほど天が神様、地が神様だというならば、合いたいと思えば、そこまで出れば会えれるんだけれども、その神様を知るためには、本当に知るためには、私がね、神様のお心を知るためには、成り行きを大事にせよと言う事になるという話をさせてもらった。神様の思いを分からせて頂くためには、成り行きを、いよいよ、大事に尊ばせていただかねばならない。そこから神様を知ることが出来るんだと言うのです。
神のおかげを知らんから、おかげが互い違いになる。神のおかげを知れば、神の大恩を知れば。子孫も続き身代も出来年勝り、代勝りのおかげが受けられる。それには先ず私共が願いの信心が出来れる、いうならば親である子であると言う所の信心。いかに努めたところで、いかに頑張ったところでです。今朝から聞いて頂いた、昨夜の親和会の終わった後に、神様から頂いたのが、「合楽の信心は偽ものじゃ」と仰った。「どこが偽ものですか」と、言いたいような気がするんですけれどもね。
けれども本当に言われてみれば、言われてみるほど本当なものじゃないなと。いうならば合楽理念は絶対だ。もう真の信心これが真の信心だと言う事は絶対だけれども、その合楽理念を体得して、それを進めていくと言う事の上においては、まあだまあだと言う所にあるのです。神様からあのお知らせに、テレビであのあれは何とか小三次、三次かなんかというあの噺家がおります。あれが何かこうなんでしょうかあれは。あの洗剤かなんかこう二つ持ってる。
片一方はレッテルが貼ってある、片一方はレッテルが貼ってない。そしてこちらを見ながら言うんですね、この偽もののくせに偽ものにご注意と書いてあるという場面を頂くんです。だから合楽が偽もののくせに本当の様な事を言っておるじゃないかと言うわけなんです。そこでまあ色々分からせられたわけですけれども、本当にわれ偽ものの自覚が出来なければ、神様の思いは分かりません。もう私がつはほんなもの。私がつはもう出来上がったように言うなかからは、神の思いは流れてこない。
いわゆるわれ屑の子の自覚が出来てこなければ出来ない。今日研修の時に今日の御理解を頂いて、今日宮崎からお参りになっておられる方が、研修の後に発表をされた方がね。「先生、今日はもう、合楽の信心は偽ものと言われてから、涙がこぼれる」、と言うほどしにまあ言うならば、有難いという事なんです。その自覚からです。信心が一歩一歩本当な事へ言うなら、より本当な事を目指して進んでいくという信心。
そこでほんなら皆さんが、今日改めて分からなければならない事は、合楽教会大発展の御神願ご成就に相成りますようにと言う事を、もう口癖のようになってお祈りをしておるけれども、さあもう十二月に入った。報徳祭の月に入った。どうぞ報徳祭が、一番にそれが、思い浮かんでくるような信心者は、まあだ少ないと言う事である。昨日一昨日の、なんでしたかね御理解。いうならばまあだこうやって信心なしとるけれども、漫画的な信心だと。二、三日前二十九日の日に、小倉の桂先生のお伝記が出来た。
こんなに厚い漫画の本ができた。もう本当にあの一冊を読ませていただくと、あっという間に呼んでしまう漫画じゃから。それでいていうならば、そのちゃんと大事なところが表現してある。桂先生のご一代記のようなものである。そこでちょうどその敬親会でしたから、敬親会のお婆ちゃん達がですね、もうどうでん合楽のあの合楽の信心を、私が頂いておる、ある老人が言ってました。
本当に月に一遍しか参ってこんけれども。おかげを頂いて、何やらかにやらが成就して、もう本当に親先生が言われるように、この世で極楽の心は開いとかなきゃ、あの世に極楽は無いぞと言われるが、最近は先生極楽でございますとこう涙を流してお届けがあった。ここで発表をされた。本当にそれをまたそのまま、途中で嗚咽して、それが出らないくらいであった。今までもうそれこそ直ぐそこの、中村さんという方が、知っておられる方でしたが、もうあそこはもう朝から晩まで喧嘩の絶え間が無かったち言う。
それが信心されるようになって、もう喧嘩どころかもうそれこそ、お婆ちゃんの部屋が別に出来る、まあ嫁が大事にしてくるる、孫が大事にしてくれる。もう本当に私こそ極楽だといわれるんです。だからこの有難い信心を、どうでも子にも孫にも伝えたいとこう言う。そういう方達が何人かあったんです。それでね息子達にこの漫画の本ば買うてやりなさい。信心の中には漫画なら誰でん喜んで読むからね。ほう金光様の信心ちゃ、有り難かねと言うて読むに違いはない。
はあそげな本が出来とるならち言うて、もうあの研修会の時に沢山売れました。ですから子にも孫にも信心の無い者にでもです、言うなら信心の程度が低いとか、薄いとかとこう言うけれども、実際私共の信心は漫画的なものではなかろうか。挿絵が無からなきゃ読みづらい。いや字引を持ってきて読まにゃんごたるならなお難しい。その難しい信心に、私は、取り組んでいくと言う事が信心だと思う。いつまでも漫画ばっかり読んどる様な信心ではつまらん。いうならいつまでも自分のことだけが願われると言うだけの信心じゃ、漫画的な信心だと私は思うです。だから段々勉強が進んでいって、それこそ字引を引かなければ分からんと言った様な事が、勉強が身についてくるといわゆる学徳と言う。学徳が身について行くことが有難いような本読みにならなきゃいけん。御神徳が頂ける様な信心にならなければいけん。それには神様から、起こされるほどしの信心を頂かなきゃいけん。起こしてくださいと言うて、願うて起こしてもらうのじゃない。神様が起こして下さる。そこへ御神徳と言う事が分かってくる。
先ほどからお話しております、あの伊藤さんという方がね。先日からお夢を頂いた。高い、何ぼ段があるやら分からん、高い段の上に自分が立っておる。下には合楽のご信者さんと思われる方がいっぱいおられる。その段の一番下のところからある人が登ってくる。そしてあの人と結婚しなければならないと言われておる。よくよく見たところが顔が本当に分からない。そして片一方の足が無い。片一方の足で顔のほうもつい分からん。はあこげな人と結婚しなけりゃならんじゃろかと思わなかった。
その足の無いのを見た時に、心の中に今からこの人の足にもならせて頂こうと思ったら、感動で目が覚めたというのである。もうだから悪か夢じゃろとこう言う訳ですけれども、はあたいした夢ばい。いうならばですいわば顔は見えない、足は片一方とそれがそのまま神様じゃろと。信心は一段一段進んでいかなきゃならんがね。いうならば神の手にも足にもならせて頂こうかと言う様な信心。五つの願いの最後にありますように。神様の御神願がご成就になることのために、私をどうぞお使いくださいと言うのです。
神の手にも足にもならせて頂こうと言う様な信心が、私は最高の信心だと思う。そんなら先ずは自分の信心を検討して、またこんなに小さいから、これを大きくして行く為には、様々な事柄を言うなら黙って受けて行く様な受け方によって、大きく豊かに成って行くと言う事と同時に、その信心がどのような調子で進んでいっておるか、大きくなっておるかと言う事は。自分がどれだけ自分の周囲周辺の難儀な問題に取り組んで、それを神への願いにしておるかと言う事で分かるのです。
せめて私はほんに自分方の事ばっかり願うておるたいと思うたら、ほんなら貴方の信心はまあだ、漫画的な信心だと言わなければならない。だから次の手掛かりを頂く事のために、信心修行をさせて貰う。本当に天下国家の事も実感を持って願えるような信心。先ずは自分のおかげを頂いておる、合楽教会大発展の御神願が願われるならば、合楽教会の信者である、あなた方の大発展も、その中に約束されるようなものであると言う事。そんなら合楽の行事なら行事という事になってくる時にそれこそ挺身する。
それに打ち込んで御用をいただこうというか。それが切実に祈り願わずにはおれない。今若い方たちがこの十周年記念の、青年会が発会して十周年になる。その大会を開くといっております。ですからもう若い者が、どげなこつしよるじゃろかじゃ無くて、本当に、若い人達が、一生懸命に打ち込んでやっておる。晩も寝らんようにして、色んな準備に大童である。それがねやはりいうならば、先輩として祈らずにはおれない信心に、ならなきゃいけんと私は思うです。
どうぞ有難い事になってくるようにね。また自分ところの子供やら孫やら達の中にも、青年層の方達がおるならば、どうでん一遍お話を頂きに行って見れというようなです、働きこそが教会を中心にした考え方と言う事になってくのじゃないだろうか。いよいよ十六日は報徳祭。報徳祭というのは昔から九州の御大祭と言われた。四神様が発願されての御大祭。桂先生が発願された。
そして当時は四神様のお祭り、四神様の御大祭と言うておった。最近では三代金光様がお隠れになりましたから、三代金光様まあそれから、大変偉い先生方が亡くなられた人の報徳祭という事にもなってきましたけれども、どこまでも私共は、四神様の御大祭であり、三代金光様の御大祭である。私共の言うなら合楽の大恩人は、何と言うても三代金光様。三代金光様のたったお一言があったために、どういう難儀なことがあっても、やはり御道の教師を私が断念しなかったように。
三代金光様のおかげがあればこそ、今日の合楽があるのです。そういう大恩人の報徳のお祭りが十六日。または十日にご本部で仕えられるお祭りもそうなんです。今年は今年はいつもですけれども、年末の御礼を含めて報徳祭に、参拝のおかげを頂きます。いよいよ十二月の三日、三日は親教会の教祖大祭であります。十一時からです。どうぞまた沢山ご参拝を頂くようにお願いいたします。同時に一つ今晩からでも。はあほんなこつ報徳祭の事は忘れとったぐらいのこっじゃいかん。
改めて一つ報徳祭のご盛儀を願わして頂かなきゃならん。そして願わして頂く繰り返し願わして頂く内にです。はあ本当にいわば天地を例えば拝まなければ天が神だ。地が神だと言うただけじゃいかん。拝んでみて初めてはあ神様だなあという実感と言うか交流が起こってくる。どうでも報徳祭には。神様いわゆる三代金光様への、又は四神金光様への報徳のお祭りに併せて頂くお繰り合わせを、今日から願わせて頂かなければならん。それが願いが成就するならば、私はもう十二月年末の事は心配は要らんと思います。
どうぞ。